新天地へとやってきて約2週間が経った。
最初に足を踏み入れたとき、「都会で住みやすそう」と感じたくらいには田舎者だったわたしだけれど、そんな想いは優に超えて、しだいに惹かれていく不思議な魅力のある街。
すっかり、ココが好きだ。
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散歩が趣味のわたしは、ぶらぶらとあてもなく街を散策するのが休日の楽しみで、いつかの週末も、目的地を決めずにただ歩を進めていた。
点々と存在する本屋さんはわたしにとってマラソンでいうところの給水スペースのような場所で、ぐんぐんHPが復活していく。
気付いたらとんでもないロスをしていることも多々あるのだけれど。
そして、その日2度目となった給水所は、観光地を少し抜けた先にある、レトロな建物に囲まれた趣がある場所だった。
その名も、「古書&cafe Loupe舎」
「古書」ときけば立ち寄らずにはいられない性分で、吸い込まれるようにして誘われた。
個性のあるかわいらしい看板に、店先へと並ぶ古書や絵本。名前や雰囲気に惹かれながら中に入ると、優しい雰囲気の店主が温かく迎え入れてくれた。
店内を見渡して気付いたのだけれど、そこは一風変わった古本屋さんで、理数に関する書籍や雑貨、展示物が多く置かれていた。「ルーペ舎」とはそういうことか、と。
生粋の文系育ちであるわたしにとっては未知なる世界が漂っていたけれど、不思議と居心地がいいのは店主のこだわりや愛情が至る所から感じられるが故だろう。
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すっかりその場所が気に入り、トキメキを感じながら1冊1冊たどっていると、思いがけず店主に声をかけられた。
「良かったら、紙芝居を見ていきませんか?」
なんともわたしはツイている。
その日は、月に1度の「紙芝居おじさんがやってくる」日だったのだ。
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そんなイベントがあることも露知らず、まるでどこか新しい隠し扉を見つけたかのように心が弾んで、二つ返事で見ていくことを決めた。
その時に知ったのだけれど、Loupe舎は1階が古本屋さんで、2階はカフェになっていた。ステンドグラスがはめ込まれた仕切り戸に、壁に配置されたティーカップ。レコードにビートルズのジャケット。まさしく昔の喫茶店を感じさせるレトロな空間だった。
そして、これからのメインとなるのが部屋の真ん中に置かれた紙芝居の舞台。
空間の懐かしさも相まってか、まるでいつかの時代へタイムスリップしてきたような高揚感があった。
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カフェには明るく溌剌としたママがいて、紙芝居が始まるまでの時間、お店のことや周辺地域のことを親切に教えてもらった。わたしも軽く自己紹介を済ませ世間話をしていると、新しくひとりのお客さんがやってきて、いよいよその時は始まった。
現れたのは、赤い法被を羽織り麦わら帽子を被った紙芝居おじさんだった。昔のお笑い芸人のようなひょうきんさを漂わせながらも、いざ紙芝居が始まると、穏やかな語り口でスッと非日常感へと手を引かれる。
その日披露されたのは、新美南吉の『花のき村とぬすびとたち-上下巻-』、宮沢賢治の『まつりのばん』、そして作者は覚えていないが季節に合わせた『うぐいすひめ』の4作だった。
紙芝居を見るのは、いつぶりだっただろう。子どもの頃、家の近くにあった図書館で紙芝居の台を使って母と読んだことを思い出し、そんな懐かしい思い出と共に味わうその時間は、ほっこりと、心にしみわたっていった。
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紙芝居が終わると、紙芝居おじさんやママ、何度か紙芝居を見に来ているというもう1人のお客さんと談笑をした。
初めて会った人たちだけれど、新参者のわたしを優しく受け入れてくれて、そしてみんなが共通してその場所を愛おしく思っているその空間は、心安らぐひと時だった。
「長い間引き留めてしまってごめんね。でも、辛くなったらいつでもおいでね。」
と、そう声をかけてもらい、わたしはそのお店を出た。
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一歩外へ出たとき、夢から覚めたような気持ちだったけれど、どこか心は軽く、温かさに満ちていた。最後の言葉を思い出したら、わたしはもう少し頑張れるような気がする。そして、また必ず、ここへやってくるだろう。
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